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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17624号 判決

原告

鳥海恵子

ほか一名

被告

東京都

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告鳥海恵子(以下「原告恵子」という。)に対し五〇五万八二五〇円、同鳥海達雄(以下「原告達雄」という。)に対し七九万五八二五円及びこれらに対する平成二年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が設立し、管理・運営する東京都立上野高等学校(以下「上野高校」という。)の生徒である後藤寿子(以下「後藤」という。)及び樋口かおり(以下「樋口」という。)が足踏自転車(以下「本件自転車」という。)に二人乗りをして、原告ら経営の中華料理店(以下「本件店舗」という。)前を通りかかつた際、本件店舖前で椅子に乗つて暖簾をかけようとしていた原告恵子に接触し、同原告が転倒したと原告らが主張する事故に関し、原告らが、被告に対し、被告の被用者であり、公権力の行使に当たつていた右事故発生当時の後藤及び樋口の担任教諭並びに上野高校学校長の同女ら又は担任教師に対する監督義務、管理義務懈怠を理由として民法七一四条、同法七一五条ないし国家賠償法一条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等

原告らは、住所地において大弘軒という名前で中華料理店を経営している者である。

被告は、上野高校を設立し、これを管理・運営している。本件事故当時、後藤及び樋口の属していた同高校一年一組の担任教諭は、鈴木彬教諭(以下「鈴木教諭」という。)であつた。(争いのない事実)

2  原告恵子の転落前後の状況

後藤及び樋口は、在学中であつた上野高校の学校祭準備時間中である平成二年九月二一日午前一一時ころ、右学校祭の準備に使用する物を買いに行く目的で、自転車に二人乗りをして本件店舗前を通りかかつた。その際、原告恵子は、本件店舗前の歩道上に椅子を置き、その上に乗つて暖簾を掛けようとしていたところ、右椅子から転落した(以下「本件事故」という。)。原告恵子は、同日午前一一時二一分ころ、根津救急隊により日本医科大学附属病院(以下「日本医大病院」という。)に搬送された。(争いのない事実)

3  損害の填補

原告らは、被告並びに樋口及び後藤の各父親を相手方とする損害賠償調停事件(東京簡易裁判所平成五年(ノ)第三号)を申立てたところ、樋口及び後藤の各父親との間では調停が成立し、四〇一万八八四〇円の支払を受けた。(争いのない事実、甲六の1ないし3)

二  争点

本件事故発生の原因、被告の責任原因(過失相殺)並びに損害の発生及び額である。

1  本件事故発生の原因

(一) 原告ら

原告恵子は、平成二年九月二一日午前一一時ころ、本件店舗の前で、椅子に乗り、暖簾をかけようとしていたところ、本件自転車の荷台に乗つていた後藤の足が原告恵子の身体又は右椅子に衝突したため、歩道上に転落した。

(二) 被告

右事実は知らない。

後藤及び樋口は、本件事故現場を通過するに当たり、自転車及び身体の一部が人や物に衝突ないし接触したという印象がなかつた。また、原告恵子自身、自分又は椅子に本件自転車又は生徒が衝突ないし接触したか否か分からなかつた。原告恵子の椅子からの転落は、不安定な場所に不安定な椅子を置き、その上に乗つていた同原告がバランスを失したこと等によるものであり、本件自転車又は樋口らの接触によるものではない。

仮に、本件自転車又は樋口もしくは後藤が原告恵子の身体又は椅子に接触したとしても、その程度は原告恵子自身が接触したか否か分からない程度のものであつたから、転落の原因は専ら原告恵子側の過失によるものであつて、右接触と本件事故の発生との間には相当因果関係がない。

2  被告の責任原因(過失相殺)

(一) 原告ら

本件事故は、当時一六歳であり、上野高校に在学中であつた樋口及び後藤が授業時間内に学校の用事のために買い物の目的で違法な自転車の二人乗り運転をしていた際の事故である。被告は、原告らに対し、責任無能力者(未成年者)である樋口らを監督すべき法定の義務ある者として、民法七一四条に基づき、損害賠償責任を負う。

仮に、被告が右義務を負わないとしても、本件事故は教育事業の一環である学校祭の準備活動中に発生したものであり、被告の被用者である鈴木教諭は、学校祭の準備行為を生徒に行わせるに際し、その方法、段取りなどの安全をよく確認するように厳重に注意指導すべき教育監督上の注意義務があつた。また、同教諭は、生徒が右準備行為に伴い、学校の備品以外の物を校外に買い求めに行くことを当然予測できたのであるから、学校祭準備中の生徒に対しては、校外に出る際の監視を十分にして、自転車での外出、特に二人乗りなどしないように具体的に指導したうえ、直接指導監督している教室を離れる場合には、生徒に対し行き先を告げたり、副担任の教師に指導監督を依頼するなどして、自転車による無断外出を阻止し、他人に危険を及ぼすことがないよう配慮すべき特段の注意義務があつた。しかるに、鈴木教諭は、漫然と入学時にパンフレツトを交付するなどの注意をしたのみで、本件事故当日、後藤及び樋口を授業時間中である午前一一時ころ、校外に自転車の二人乗りで買い物に行くのを阻止し得なかつた過失により、本件事故を惹起した。また、被告の被用者である学校長においても、最終責任者として、各教諭に対する監督義務並びに後藤及び樋口に対する右注意義務が存するほか、登校後の自転車での外出を禁止している以上、自転車の鍵を保管したり、自転車置場の出入口を閉鎖する等の方法によつて、物理的に自転車の使用ができないようにすべき施設管理上の義務があつたにもかかわらず、これを怠つた過失により、本件事故を惹起した。被告は、民法七一五条により原告らに対し損害賠償責任を負う。

さらに、鈴木教諭及び本件事故当時の学校長が、地方公務員として公権力の行使に当たるに際し、前記の過失によつて本件事故を惹起したことは明らかであるから、被告は、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条により、原告らに対し、損害賠償責任を負う。

(二) 被告

右主張は争う。

まず、後藤及び樋口は、本件事故当時、未成年者ではあつたが、一六歳の高校生であり、責任能力を備えていたことは明らかであるから、被告は民法七一四条による責任を負わない。また、上野高校では、毎年、新入生に対し、自転車通学等の交通安全教育を実施しており、平成二年度新入生に対しても、入学当初等に自転車通学の届出、自転車の通学目的以外の使用禁止、他人への自転車の貸出禁止等、交通安全教育を実施し、交通事故を起こしたり、遭遇しないように注意していたのであるから、責任無能力者に対する監督義務を怠らなかつたものとして、同条の責任を負わない。

次に、上野高校では、学校長以下の教諭らが、後藤及び樋口らの新入生に対し、入学時等において自転車通学等に関するきめ細かな交通安全教育を実施し、日常のホームルームの時間には、全般的な生活指導の中で、何度も自転車の二人乗りの禁止、自転車での外出禁止などについて指導していたほか、学校祭の実施に当たり、生徒の自主性を尊重したうえで、企画段階から実施草案の内容を職員会議で検討して開催を許可して、具体的な個々の企画には顧問教諭をつけるなど指導体制を確立して適切に指導し、かつ、鈴木教諭が、クラスの模擬店への企画段階から、生徒である後藤らに対し、食品衛生上の注意をはじめ、購入物の調達等について、上野高校生として校外者に迷惑をかけないようにし、節度ある行動をとることなどの具体的注意をし、ホームルームの時間等で繰り返し指導していたのであつて、樋口らが自らの判断で鈴木教諭に無届で外出したからといつて、漫然と生徒らの外出を放置していたとは到底いえないから、学校側には監督指導上の何らの過失もなく、被告は民法七一五条及び国賠法一条の責任を負わない。

仮に、本件事故が樋口らの接触により生じたものであり、学校側に監督指導上の過失があつたとしても、原告恵子には、公道上の不安定な場所に不安定な椅子を置き、かつ不安定な姿勢をとつていたのであるから、重過失があり、過失相殺がなされるべきである。

3  損害の発生及び額

(一) 原告ら

原告らは、原告恵子が本件事故によつて平成二年九月二一日に右踵骨骨折の重症を受け、同月二七日まで日本医大病院に通院し、埼玉県加須市所在の医療法人中田病院に、同月二八日から同年一一月三〇日までの六四日間入院し、同年一二月一日から平成三年一二月二一日までの間(実通院日数五七日間)通院したが、同月末ころに症状がほぼ固定し、足部可動域制限(背屈一〇度、低屈三五度、内反二〇度、外反マイナス一〇度)、右踵骨変形治癒(ベーラー角マイナス一五度)及び運動時痛の後遺障害(自賠法施行令二条後遺障害別等級表一二級七号該当)が残存したことにより、次の損害を被つた。

(1) 原告恵子の損害 八五三万〇七五三円

〈1〉 後遺障害による逸失利益 三三五万五九五三円

原告恵子は、本件事故当時、五三歳八か月であつたからこれを五四歳として就労可能年数を一三年間とし、収入の平均月額を二〇万三四〇〇円として、中間利息を新ホフマン方式によつて控除すると、右金額となる。

〈2〉 後遺障害慰謝料 二一七万円

〈3〉 入院付添費 二八万八〇〇〇円

〈4〉 入院雑費 七万六八〇〇円

〈5〉 入通院慰謝料 一九四万円

〈6〉 弁護士費用 七〇万円

(2) 原告達雄の休業損害 一三四万二一六二円

本件事故により、原告達雄は、原告恵子の入通院期間合計七二日間にわたり、本件店舗を休業した。その年間売上高は一〇四六万七七二〇円であり、収益は六八〇万四〇一八円(収益率六五パーセント)であつたから、右期間における休業損害は右金額となる。

(二) 被告

右事実は不知ないし争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故発生の原因

1  証拠(甲一、七の1ないし3、甲一三、乙七ないし九、証人鈴木彬、原告恵子)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告恵子の供述部分は措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件店舗前の状況は、別紙大弘軒付近見取図(以下「別紙見取図」という。)のとおりであり、本件店舗前の歩道と車道(不忍通り)とはガードレールで分離されている。本件店舗前の歩道は、路面がコンクリートないしアスフアルトであり、自転車が通行してもよいことになつていて、その幅は、約一・六ないし一・七メートルであつて、人が二名並んで歩ける程度であつた。本件店舗前には、別紙見取図記載の位置にL字溝があり、この部分が店から一段下がつており、右溝には雨水等が通るようになつているため、歩道及びL字溝の部分が店の方に向かつてやや傾斜している。本件事故が発生した当時、本件店舗前の歩道には、別紙見取図記載の位置にゴミ容器が置かれ、同見取図記載の植木箱の位置にアロエ等が植えられていたほか、本件店舖並びの他の商店の者が植えた植木が並んでいる状態であつた。

(二) 原告恵子は、本件事故が発生した平成二年九月二一日午前一一時ころ、本件店舖前において、店のカウンターに置いてある椅子を前記L字溝のところに置き、その上に両足を二本揃えて乗り、暖簾掛けの作業をしていた。右椅子は、座席が円形で回転し、背もたれのない、脚の部分が円形パイプのものであつた。

(三) 原告恵子が暖簾の棒を上に掛けて暖簾の二本の紐を縛ろうとした時、樋口が運転し、後藤が後部荷台に身体を本件店舖側に向けて横向きに座り、両足を揃え、膝のところで折り曲げた形で二人乗りをした自転車が、南から北の方向、すなわち別紙見取図記載のすし屋の方向から加賀屋の方向へ向かつて進行してきて、本件店舗の前を通過した。その瞬間、原告恵子は、同原告の身体が宙に浮いたように感じ、本件店舗の隣にあるすし屋の方向へ飛んでいつた。同原告は、足から歩道上に落ち、足を北の方向、頭を南の方向へ、それぞれ向けた恰好で転倒した。しかし、原告恵子は、本件自転車又は樋口もしくは後藤の身体のどの部分が、同原告の身体に当たつたのか、椅子に当たつたのか全く分からなかつただけではなく、接触したのかどうかも分からなかつた。

樋口と後藤は、本件事故現場を通り過ぎて少ししてから悲鳴のようなものが聞こえたため、本件自転車を停止し、驚いて振り向いたところ、同原告が顔を上向きにして倒れているのに気が付き、樋口が、同原告が倒れているところまで戻り、自分のトレーナーを腰からはずして、倒れている同原告の頭の下に置き枕代わりにした。後藤及び樋口は、本件店舗の前を通り過ぎる際、二人乗りであつたが、ゆつくりとふらつくこともなく走行していた。また、後藤及び樋口は、原告恵子又は同原告が乗つていた椅子に自転車のハンドルや身体の一部が衝突ないし接触したか否かについては記憶がなかつたが、本件事故現場まで戻ると、原告恵子から椅子に乗つて仕事をしていたところ自転車が椅子にぶつかつて倒れたと言われ、本件自転車が原因で原告恵子が転倒したことになつている雰囲気であつたため、樋口が同原告に対し謝罪をした。

(四) 原告恵子は、同達雄及び通りがかりの三〇歳くらいの男性に抱き上げられて本件店舗の中に運ばれ、椅子に寝かせてもらつた。その後、すぐに救急車が来て、原告恵子は日本医大病院に搬送された。樋口及び後藤の両親は、本件自転車が事故の原因であるということであつたため、平成二年九月二五日に原告ら宅へ見舞いと謝罪に行き、その後、樋口又は後藤を連れるなどして何度か病院へ原告恵子の見舞いに赴いた。

2  右認定事実によれば、〈1〉原告恵子自身、本件自転車又は樋口もしくは後藤の身体の一部が、自己の身体又は椅子に衝突ないし接触したのか否かについてさえ全く分からなかつたこと、〈2〉樋口及び後藤(特に後藤は本件店舗側を向いて自転車の後部荷台に横向きに座つていた。)も、原告恵子又は同原告が乗つていた椅子に自転車のハンドル又は樋口もしくは後藤の身体の一部が衝突ないし接触したか否かについては記憶がなかつたこと、〈3〉原告恵子は、本件店舗前のやや傾斜している歩道部分ないしL字溝の上に座席が円形で背もたれのない回転椅子を置き、その上に乗つて足を揃えた恰好で暖簾掛けの仕事をしていたという、極めて不安定な状態での作業をしていたのであるから、本件自転車又は樋口もしくは後藤の身体の一部が同原告の身体又は右椅子に衝突ないし接触しなかつたとしても、何らかのはずみでバランスを失つて転倒する可能性も十分に存在したこと、〈4〉本件店舖前の歩道上には、植木箱が置かれ、これにアロエ等が植えられていたほか、ゴミ容器が置かれており、右歩道の幅が若干狭くなつていたが、原告恵子が椅子を置いて暖簾掛けをしていた位置との関係からして、樋口及び後藤が本件自転車に二人乗りをしていたとしても、ゆつくりとふらつくこともなく走行していたのであるから、本件自転車又は樋口もしくは後藤の身体の一部が原告恵子の身体又は椅子に衝突ないし接触することなく、本件自転車が本件店舖前を通過することは十分に可能であつたとみられること、、〈5〉本件自転車は、南から北の方向へ進行していたにもかかわらず、原告恵子は、自分の身体が椅子の置かれていた位置からみて本件自転車の進行方向と反対の方向である南の方向へ飛んでいつたような感じを受けて転倒しており、また、原告恵子が転倒した後、椅子が転倒していたのか、いずれの方向へ向けて転倒していたか等の点については、同原告自身も記憶がないと供述していることなどを勘案すると、本件自転車又は樋口もしくは後藤の身体の一部が原告恵子又は同原告が乗つていた椅子に接触したため本件事故が発生したのかどうかは疑わしいといわざるを得ない。

なお、本件事故発生直後、樋口が原告恵子に対し謝罪し、事故の翌日である平成二年九月二二日には、樋口及び後藤が鈴木教諭とともに原告ら宅へ謝罪に赴き(乙九)、その後、樋口及び後藤の両親が樋口又は後藤とともに何度か原告ら宅及び病院を訪問して見舞いや謝罪を行つているほか、樋口らが原告らとの間の前記損害賠償調停事件において、樋口又は後藤が原告恵子と接触し、同原告に対し傷害を与えたとの前提で調停が成立している。しかし、樋口及び後藤が原告恵子の身体又は椅子と衝突ないし接触した記憶がなかつたとしても、樋口及び後藤、同女らの両親並びに鈴木教諭としては、本件事故の原因が本件自転車にあると原告恵子から言われるなどしたため、事故の原因について疑問があつたとしても、社交儀礼の範囲内の行為として、原告ら宅へ謝罪に行つたり、病院へ見舞いに赴くことはあり得るし、樋口が自転車総合補償保険に加入していたことが認められること(弁論の全趣旨)からして、樋口側としては、保険会社から支払われる保険金で処理できると判断し、調停段階における原告らの主張を争わずに調停を成立させて紛争を解決してしまおうとしたとみることが可能であるから、右謝罪、見舞い及び調停成立の事実をもつて、直ちに本件事故の発生原因が樋口及び後藤の二人乗りであつたと認めることはできない。

二  被告の責任原因(過失相殺)

このように、本件事故の発生原因が樋口及び後藤の本件自転車の二人乗りにあつたか否かは疑わしいが、これが発生原因であることを前提として、被告の責任原因について判断する。

1  証拠(乙一、二、五、六、七、証人鈴木彬)によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 上野高校では、全校の教員及び生徒部(教員が生徒指導を主に考える校務分掌上の組織である。)が中心となり、新入時に新入生全員を対象として、「新入生のために」と題するしおりを配付し、その中で、交通事故に対する注意及びオートバイによる登校禁止を強調し、自転車通学を希望する者に対しては、自転車での通学区域を決め、保護者の押印した通学届を提出させることとし、登校時間後下校時間までの自転車による外出の禁止交通規則の遵守、車体の安全点検・管理に対する注意を指導している。また、「自転車通学についての注意」と題するプリント等を年に数回配付したり、学校放送及び集会を通じて、上野高校生徒としての生活面における自覚を促し、交通ルールの遵守などの指導を行つている。さらに、自転車通学生については、右通学届を提出した者に対し、担任教諭を通じ、通学ルート及び安全性の確認を行つたうえ、自転車による通学を許可し、登校後、自転車を校舎地下にある指定の駐輪場に置いて鍵をかけて自分で管理し、他人には貸さないように指導していたほか、二人乗りの禁止、登校後の自転車による昼休みなどの買い物といつた無断外出の禁止等の指導を行つていた。なお、上野高校では、本件事故発生以前から、交通安全の指導について、ロングホームルームの時間において上野警察署による指導を受け、春及び秋の交通安全運動や高校生無事故運動に警察と協力して取り組んでいる。

(二) 鈴木教諭は、自転車に乗ることや、交通規則の遵守及び交通安全について、授業時間、ホームルームの時間等において、自己が以前自転車に乗つていて不注意により転倒し肘を骨折した経験があつたこと、及び前に勤務していた学校で生徒がバイクで事故死したことがあつたため、特に強調して指導していた。また、自転車通学の生徒に対し、登校時間後下校時間までの外出は原則として禁止していたが、忘れ物等のため緊急を要する物を家に取りに行く場合など、担任教諭として外出の許可を与えた例があり、特に必要性があれば自転車による外出を認めていたところ、自転車による通学指導の際、自転車による外出については、担任の教諭、副担任の教諭又は学年内の教諭に許可を得るように指導していた。鈴木教諭は、自己のクラスの生徒が無断で外出していたことを職員会議において、又は生徒部から注意されたことはなかつた。鈴木教諭は、本件事故以前に、上野高校において、自転車で他人に接触し怪我をさせたという事故があつたと聞いたことはなかつた。

(三) 平成二年度の上野高校の学校祭(東叡祭)は同年九月二二日及び二三日に行われたが、上野高校では、全教職員の指導体制のもと、生徒部の東叡祭担当教師が生徒の組織である実行委員会を指導し、生徒の出し物については危険防止への配慮や、近所迷惑とならないようにすること等を指導していた。また、生徒部では、学校放送を通じて、学校祭の準備中の外出についても、原則的に禁止されていることなどを指導していた。

(四) 鈴木教諭が担任をしていた一年一組では、有志が、平成二年度の学校祭において、喫茶「マンセル」という模擬店を出すこととなり、購入物の調達についてなど実行委員会の指導がなされていたが、鈴木教諭からも、更に念を押して指導がなされていた。物品の購入については、大きな物等を購入するときは、全体として購入計画に入れられ、実行委員会が学校を通じて購入して各団体に配付し、小物等を購入するときは、各団体が必要に応じて適宜平日の放課後及び休日などに購入していた。

右学校祭の前日であり、本件事故が発生した平成二年九月二一日は、右学校祭の準備に一日充てられていたが、鈴木教諭は、同日朝のホームルームにおいて、事故がないように安全面についての指導を行い、生徒が具体的準備に取りかかつてからも、担任教室に行つて生徒の相談に対する応対及び監督を行い、準備を急がせたりした。鈴木教諭の担任教室の生徒達は、右準備を行う中で、模擬店に風車を飾り付けて小さな子供達にあげることとし、風車の材料である針金を購入することに決めた。そこで、後藤及び樋口は、自転車による外出の許可を得るために鈴木教諭を探したが、同教諭がたまたまクラスの生徒等がいるクラブ等他の団体の準備状況を見るため校舎内を回つていたため、同教諭を見つけることができず、自分達の判断で右針金を買いに五〇〇メートル程度離れた店へ行く目的で、他人の自転車を借りて無断で外出し、本件店舗前を通りかかつた。鈴木教諭は、同日の昼ころ、職員室に戻り、後藤及び樋口から本件事故に関する報告を受けたが、右報告を受けるまで風車の飾り付けの話を全く聞いていず、必要な物は事前に準備されていたと思つていたことから、右飾り付けのために買い物が必要になることついては予測していなかつた。また、学校祭の準備期間中、鈴木教諭に対し、担任クラスの生徒が外出の許可を求めに来たことはなかつた。なお、樋口及び後藤は、本件事故発生以前において、特に問題のある生徒ではなかつた。

2  前記争いのない事実及び右認定事実によれば、樋口及び後藤は、学校祭の準備のために必要な物を買うために、登校時間後の無断外出が禁止されているにもかかわらず、担任教諭等に無断で他人の自転車を借りたうえ、二人乗りで走行し、本件店舖前を通りかかつたものであるところ、本件事故発生以前から、〈1〉上野高校では、「新入生のために」と題するしおりを配付し、その中で、交通ルールの遵守等を強調し、自転車通学をする者に対し、登校時間後下校時間までの自転車による外出の原則的禁止、交通規則の遵守等を指導し、「自転車通学についての注意」と題するプリント等を年に数回配付したり、学校放送及び集会を通じて、交通ルールの遵守、他人への貸与の禁止、二人乗りの禁止等の指導を行つていたほか、交通安全について上野警察署による指導を受け、積極的に春及び秋の交通安全運動等に警察と協力して取り組んでいたこと、〈2〉鈴木教諭は、交通規則の遵守及び交通安全について、授業時間、ホームルームの時間等において、自己の経験を踏まえ、特に強調して指導していたほか、自転車通学の生徒に対し、登校時間後の外出は原則として禁止されていたが、自転車による通学指導の際、自転車による外出が特に必要なときは、担任の教諭、副担任の教諭又は学年内の教諭から許可を得るように指導していたこと、〈3〉上野高校では、学校祭の準備期間においても、近所迷惑とならないように注意するなどのほか、生徒部が、学校放送を通じて、準備中の外出の原則的禁止等について指導していたこと、〈4〉鈴木教諭は、右学校祭の準備期間中においても、ホームルーム等において、事故がないように安全面についての指導を行つていたことが認められるから、上野高校の学校長及び鈴木教諭が、右のような自転車通学に関する一般的指導等を十分行つていたと評価することができ、これを行つていたにもかかわらず、生徒が授業時間内に無断で、他人の自転車を借り受けて外出し、しかも、二人乗りまでしていたという二重三重の禁止行為を行つたとしても、更に右一般的指導等を越えて何らかの特別な措置を講じる義務があつたと認めるべき特段の事情が認められない限り、右学校長及び鈴木教諭には、過失がないというべきである。そこで、右特別な措置を講ずべき特段の事情の有無につき検討すると、前記認定のとおり、〈1〉鈴木教諭は、自己のクラスの生徒が無断で外出していたことを職員会議において、又は生徒部から注意されたことはなく、本件事故があつたとされた以前に、上野高校において、自転車で接触し他人に怪我をさせたという事故があつたと聞いたこともなく、〈2〉同教諭は、学校祭の準備において、大きな物等を購入するときは、全体として購入計画に入れられ、実行委員会が学校を通じて購入して各団体に配付し、小物等を購入するときは、各団体が必要に応じて適宜平日の放課後及び休日などに購入していたため、担任教室の生徒が事前に必要な物を購入済みであると認識しており、生徒達が、学校祭前日になつて急遽風車の材料である針金の購入を決定したのを全く聞いておらず、担任教室の生徒が右学校祭の準備期間中において外出の許可を求めにきたこともなかつたため、樋口及び後藤の自転車による学校祭準備のための外出を予想できず、〈3〉樋口及び後藤が、本件事故発生以前において、特に問題のある生徒とは認識されていなかつたのであるから、学校長及び鈴木教諭において、前記の一般的な指導等を越えて何らかの特別の措置を講ずべき義務があつたと認めるに足りる特段の事情は何ら窺えないというべきである。また、後藤及び樋口が本件事故当日自転車による外出の許可を得るために鈴木教諭を探した際、同教諭が校舎内を見て回つていたため、同教諭を見つけられなかつたことは前記認定のとおりであるが、同教諭がクラスの生徒等がいる他の団体の学校祭の準備状況を見て回つていた場所は校舎内であつて、見回り自体に長時間を要するものでもないから、後藤らが鈴木教諭を探すことは困難ではないのみならず、後藤らが他の一年の担当教諭等に外出許可をもらうこともできたのであるから、鈴木教諭が校舎内で右見回りをする際に、一年一組クラスの生徒に行き先を告げたり、副担任の教諭に同クラスの指導監督を依頼することをしなかつたとしても、直ちにこれが不適切な行為であつたと評価することもできない。

なお、原告らは、上野高校では登校後の自転車での外出を禁止されている以上、学校長には、自転車の鍵を保管したり、自転車置場の出入口を閉鎖する等の方法によつて、物理的に自転車の使用ができないようにすべき施設管理上の義務があつたと主張するが、高等学校教育は、義務教育終了後の段階にあつて生徒自身の主体的な自覚を前提として行われるものであり、適切に自転車を使用すれば、その利用自体に危険は少ないことを勘案すると、学校長に生徒の所有物を物理的に拘束する右義務まであつたと解することはできず、原告らの右主張は採用できない。

そうすると、仮に本件事故の原因が本件自転車又は樋口もしくは後藤の身体と原告恵子又は同原告の乗つていた椅子との衝突ないし接触であつたしたとしても、上野高校の学校長及び鈴木教諭には過失がないから、被告には、民法七一五条及び国賠法一条による損害賠償責任はないというべきである。

また、原告らは、被告が民法七一四条に基づく損害賠償責任を負うべきであると主張する。ところで、同条は、加害者に不法行為の實任弁識能力がない場合の監督義務者の責任を規定するところ、本件事故発生当時、樋口及び後藤が上野高校の第一学年に在籍していたことは、当事者間に争いがなく、高校一年生ともなれば、不法行為の責任弁識能力を備えていると認められるから、樋口及び後藤において、高校一年生であるにもかかわらず、何らかの事情で責任弁識能力を欠いていた旨の主張・立証がない本件にあつては、原告らの右主張は失当である。

第四結論

以上によれば、原告らの被告に対する請求は、その余について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 生野考司 湯川浩昭)

(別紙) 大弘軒付近見取図

〈省略〉

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